用事と用事の間に時間があることがわかり、スタバで作業でもしようと思っていたのだが必要な道具を忘れてしまった。
頼んだアップルパイはもう食べてしまったし、雑用も済んだ。
紙およびiPadも手元にないので絵も描けないし、本を読む気分でもない。
だからブログでも書く。
この時間のスタバには学生が多い。
テスト期間だけにしても、スタバで勉強するというのはかなり贅沢に感じてしまうのは田舎出身だからだろうか。
地元には元々スタバが全然なくて、私が大学生になってからようやく家の近くにスタバができた。
最初は観光みたいなノリで友達と訪れることが多かったが、慣れてきてからはテスト勉強や卒論執筆にたまに使った。
当時も、勉強しているのは大学生だけではなかった。
自分が大学生になってから経験したことについて、高校生やさらに下の年代がそれをしているのを見ると、「早い」という感想を持ってしまう。
彼らが早いのではない。大抵の場合は私が遅いのである。
あまりにも世界というか社会というか、さまざまなものごとに対して鈍感で無関心であった。
20と数年生きてからようやくそのことを知った。またしても遅い。
最たる例が就職活動だった。
就活生のよくある悩みの一つに「働くことについてうまくイメージが持てない」というものがあるが、まさしく私のことだ。
働くことに全く関心が持てなかった。
何故そんな状態になったかというとそれは簡単な話で、大人になる前に死ぬつもりだったからだ。
働く予定というものがなかった。
他のことも全部、死んだら自分には関係ない。
しかし本当に死ぬことはできなかった。お金もないし痛い思いも嫌だったからだ。
それでも「死ぬつもり」だけはしっかりと握りしめたまま生きていて、そうしていたらいつの間にか就職活動をしなければならなくなっていた。
こちとら親の職業だって知らないんだぞ。
子どもの頃から将来の夢もなかったし。
とりあえず家にはいたくない、家から離れた都会に行きたい。
働くことは多分得意だと思う。むしろプライベートより仕事を優先したいタイプだろう。
この職種がいいのかな。まあ頑張れると思う。
でもどの会社にも一生いたいとは思えないな。どうしよう。
とりあえず合説に行くかあ。
そんな状態で挑んだ就活は散々なものだった。
その上、自己分析を通して自己肯定感の低い人間が陥る沼にハマってかなり病んだ。
面接や説明会のために何度も東京や名古屋へ行くので、疲れも溜まっていく。
当たり前だが卒業研究もサークル活動も満足にはできなかった。
あの年に失ったものが本当に沢山ある気がする。
何とか名古屋で働き口を得て、私の就職活動は一旦終わった。
そう、一旦でしかなかった。
それからさらに色々あって、今は就職していない。
勤めを辞めてからもう3年経とうとしているが、
自分というものを空虚に感じる。
価値のないものだと思う。
空虚に感じるのは「自分は〇〇である」と言い切れる何かがないから。
価値がないと思うのは収入がとても少ないから(少しはある)。
ちなみに専業主婦にはなりたくない。
ある人の営みを支えるだけの存在ではなく、
何かを生み出し続ける存在でありたいから。
別にクリエイターになりたいとかじゃなくて、自分で働いた金で生きたいし買い物したい。
でも勤められないなら創作をするしかない。
今も体調と闘いながら仕事みたいなことや創作みたいなちまちまとやっている。
だから専業主婦ではない。
ていうかさ、主婦って呼ぶなよ。絶対。
一応言っておきますが、主婦の皆さんの存在を否定したいわけじゃないです。
ただ自分の生き方として主婦っていうのはなんか無理なんです。
そんなこんなで、今の私は
進路をしっかり考えながら勉強している高校生や大学生を見ると本当に偉いなと思うし、凹む。
あーあ、凹んだまま書いたからこんな恥ずかしい文章になっちゃった。
次はアイキャッチのバランスが変なの直そかな。
P.S. 直した
