大切にすること

diary

母親は音楽好きである。
ポップスもクラシックもジャズもアニソンもサントラも洋楽も邦楽も、気になったらとりあえずCDを買ってくるらしい。
そんな環境の中で育った私は、つまり母の好きな(たまに父の好きな)音楽をずっと聴いてきた。
好きな曲も当然そのCDたちに入っているものの中だった。
幼少期はテレビを見なかったし、パソコンもそういう風に使うものじゃなかったから尚更だった。

 小学校も高学年になると「流行りの歌」が気になるようになった。
紅白歌合戦は毎年見ていたし、学校で毎朝歌う「今月の歌」や体育祭などのダンスのおかげで特に有名な曲は知ることができた。
世界に一つだけの花とか、青春アミーゴとか、以心伝心とか…(懐かしい)。
21時就寝の我が家では、世間で人気のドラマも歌番組も見ることが出来なかったため、たくさんのナンバーを楽しんでいる皆が羨ましかった。 

中学1年生のとき、初めてCDを買った。
クラスメイトの影響で好きになったGReeeeNの2ndアルバムだった。
お年玉を握りしめ、何分もかけて選び、何回も手に取っては戻して、ようやく決心してレジへ向かった。
好きな楽曲がこれからはいつでも聴ける、自分のものになったような感覚が不思議で、いつまでもソワソワしていたのを覚えている。
その頃にはYouTubeで動画を見るということを覚えていたが、GReeeeNのMVばかり見ていた気がする(それかアニメ)。 

中学2年に上がる春、我が家でヘビロテされていたのはマクロスFのアルバムだった。
夏、とあるCMでニノに一目惚れする。
秋に初めてMステを見た。
そして冬、人生で2枚目に買ったCDは、嵐が出した10周年記念アルバムだった。 

私が初めて周囲の誰の影響も受けずに好きになったアーティストは、嵐だ。 

好きなアーティストをテレビで見ることの嬉しさを教えてくれたのは、嵐だ。

私に大きな体験をもたらした嵐は、間違いなく私にとって大事な存在だ。

 「嵐は5人で嵐」 

追いかけ始めてすぐの私でもこの理論を見出し理解できるほど、5人はつよく結束していた。

 余談だが、私がアカペラにおいて欠員が発生したときに代理のメンバーを入れるのを激しく嫌うのは、おそらく上のような考え方が元になっている気がする。

 嵐の活動休止は確かに衝撃だった。
でも、5人の絆をあんなに見せつけてくれたし、ファンになって良かったと思えたし、しっかり気合いを入れて応援する良い機会になった。
そう考えているので、もうこの件に関して悲観的にはならない。 

この世の終わりみたいな顔をしている人があまりにも多くて、本当に私は嵐を好きなのか分からなくなってしまった。
号泣もしない、仕事も休まない、いつもと同じ生活が出来ている自分はおかしいのかと考えてしまった。

でも、こうやって思い出せば、ちゃんと大切に思えていることが確認できる。

大切なものの愛し方は人それぞれあっていいはずだ、という話。

「推しに何かがあった時、ファンはこうなる」みたいなことを押し付けたい人はまあ、勝手にやっててください。